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地震対策には流行がある?【地震防災(津波)】

前回に引き続き
大地震襲来の予感2010年チリ地震を巡って」について書きます。
詳細はこちら(PDF)


講演会は「2010年チリ地震津波とその被害」について、
藤間功司教授からお話しの後、
津波避難の諸問題:東海地震・南海地震」という題目で
林能成准教授(静岡大学)からお話しがありました。
こちらも大変興味深い内容でした。

また、インドネシア(2004年のスマトラ島沖地震)や
三重県(1944年東南海地震)で
津波災害の聞き取り調査をされた経験についても
イラストを多用され上手にお話しをされていました。


さて、講演での主なお話は以下の通りです。

・ 明治以降死者1,000名を超えた地震は以下の11の地震であるが、
 1980年代から地震火災の被害がクローズアップされる一方、
 津波被害がクローズアップされにくくなった
 (以下1,000名を越える死者が出た地震(死者数)/その主な原因)
  1923/関東大震災(約105,000)/火災
  1896/明治三陸地震(約22,000)/津波
  1891/濃尾地震(7,232)/倒壊
  1995/阪神淡路大震災(6,437)/倒壊
  1948/福井地震(3,769)/倒壊
  1933/昭和三陸地震(3,064)/津波
  1927/北丹後地震(2,925)/倒壊
  1945/三河地震(2,306)/倒壊
  1946/南海地震(1,443)/火災、津波、倒壊
  1944/東南海地震(1,223)/火災、津波、倒壊
  1943/鳥取地震(1,083)/倒壊

・ 家屋倒壊の被害が出る地震は内陸型地震があるため、
 かつては狭い地域でしか教訓が継承されなかった。
 →情報手段の普及により1995年の阪神淡路大震災が
  大きくクローズアップされた。

・ 一方、死者100名以上の地震被害で考えてみると、
 前回の南海地震(1946年)から阪神淡路大震災(1995)までの
 期間に起きた地震災害の原因は全て津波であった。
  1960/チリ津波(142)
  1983/日本海中部地震(104)
  1993/北海道南西沖地震(230)

・ 津波被害がもっとも大きなケースは集落が丸ごと喪失する。

・ 東海地震・東南海地震・南海地震は繰り返し、
 さまざまなパターンで起きている。
 次回の地震がどのパターンで起きるかはわからない。
 (参照)
  1605/慶長地震…揺れは大きくないが、津波が到来する。
              東海は起きない。
  1707/宝永地震…東海、南海が完全に連動しておきる。
              国内史上最大の地震。
  1854/安政地震…東海・東南海の32時間後に南海がおきる。
  1944~1946/昭和地震…東南海の2年後に南海が起きる。
                  東海は起きない。

・ 日本における津波避難は
 「津波災害をイメージする力を養うこと
 「最初の情報と矛盾しない2番目の情報」(例:津波警報)が
 避難する気持ちを後押しする。

・ 次回の東海・東南海・南海地震の津波は
 「想定を超える」かもしれない。
 (自然災害は発生してみないとその影響はわからない)
 (推薦図書)「大地が震え 海が怒る」首藤伸夫・片山恒雄

ということで、林准教授独自の視点で考察されたことが
よくわかる大変興味深い講演でした。


また、講演の司会を務められました武村雅之さん他
(社団)日本地震工学会をはじめとする関係者の皆さま、
大変ためになるセミナーを開催いただきありがとうございました。



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津波被害の歴史を継承するきっかけとは?【地震防災(津波)】

2月4日パシフィコ横浜・アネックスホールで行われた
第1回震災予防講演会「大地震襲来の予感2010年チリ地震を巡って
に参加してきました。

「大地震襲来の予感2010年チリ地震を巡って」の詳細はこちら(PDF)

今回から2回にわたり、講演内容のまとめと感想を書きます。

まず、講演会では首藤伸夫教授(東北大学)が
「50年前の記憶:1960年チリ津波について」をお話しされました。
この首藤さんは1960年チリ津波をきっかけに
津波研究を始められた筋金入りの研究者だとのことです。

お話しをいただいた主なところは以下の通り。
(一部抜けている部分はご容赦ください)


・ この津波は死者約140名、罹災約160,000名、経済損害350億
 (当時の国家予算の2.2%)という甚大な被害があった。

・ この津波は「自然の掟」と「世間の掟」の差が生まれたきっかけとなった。
 (集落の長老の経験が生かされず、権威が失墜したらしい)

・ 三陸を中心に、湾口の奥に深いところほど共振し、津波が大きくなった。

・ この津波で被害を受けたハワイでも警報が出たが、
 1952年、1957年に出た警報では被害が小さかったので、
 警報を軽視し、被害が拡大した。

・ ニュージーランドでは、マオリ族系の住民は
 引き潮などの現象を不気味がり海に近づかなかったが、
 欧州系の住民は海に近づき、被害を受けた。

・ 流出した材木により、家屋が被害を受けたが、
 現在も国内の主要港湾でも対策が採られていない

・ 魚とりや見物に出かけて被害を受けた人も多い。
・ 北上川では船火事が発生したが、港湾に係留されている
 船舶への対策は現在も採られていないところが多い。

・ 津波では海上に敷設された上下水道の送水管の被害も
 想定しなければならない。

・ ガソリンスタンドなどから流出するガソリンで
 津波火災も発生することに注意しなければならない。

・ 構造物(防潮堤など)もメンテナンスしないと劣化し、効果を発揮しない。

・ 1997年に総合的津波対策が策定されているので参照してほしい。

ただ、津波被害を軽減する最大の問題は「人間」であるとされ、
時間の経過が津波の教訓を風化させるとの指摘が
最も心に残りました。


説明された「時間の経過」とは

津波後6年…被災者のPTSDが固定化する
         →これまでに被災者は津波のことを忘れる必要がある。
津波後8年…被災者が行政に津波対策を要望する時間的限界。
津波後10年…被災前に復旧するため、記憶の風化が進む。
津波後15年…被災体験が生活に生かされなくなる。
津波後30年…防潮堤などの構造物の劣化が進み、
         本来の構造物の効果を発揮しなくなる。

というものです。
これでは、過去の教訓が継承されなくなるのも無理はありません。

そこで、20年毎に津波対策をハード面、ソフト面の双方で見直すことが
重要であるとされ、例として伊勢神宮の式年遷宮を挙げられていました。

これは、「なるほど」と思わされると同時に、
津波をはじめとした地震対策の定期的な見直しの重要性を
実感させられました。


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TAG : 津波 地震 地震保険 震災 大地震 チリ 三陸

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